週末にNatural Organization Lab主催、フフ山梨で行われた、『自然の畑づくりと森から「ティール組織」を感じる〜「いのちのJUNKAN土壌」を現場に活かす〜』に参加してきました。
表題から、畑は虫や菌がいなくては野菜も果物も取れないから、それぞれの個性を生かして畑をすることが、ティールの個性を生かしていくってことに関連するのかな?という疑問を持ち参加しました。
そのうえ、未来語りのダイアローグAnticipation Dialogueのお仲間がお勤めのフフ山梨。行くしかないなと思いました。参加してよかった。主催者のしろうちゃんとゆうこちゃん、一緒に参加したみんなに感謝なのです。
*完全リトリート
フフ山梨の広大な自然と農園、建築に工夫された宿泊棟や研修棟、その環境が素晴らしかった。皆さんの顔がどんどんほんわ~かし、力が抜けていっているのがわかります。きっと私もそうなんだろう。
嗅覚が覚醒され、感覚がよみがえります。針葉樹の香りに包まれ、森に横たわると、、、最高。
そして、主催のお二人に身をゆだね、自然に身をゆだね、風と自然の香りを感じ、食事の野菜をかみしめ。これぞ私のリトリート!
*自然農
母が自然農をしているので、興味を持っていました。有機農法でもない、自然農。詳しいわけではないのですが、私なりの理解で、自然農はよいと思っています。
今回はいろいろ学びました。自然農は「循環」を作る。循環を作るような畝を作り、種をまくと、雨水だけでOKだと。雑草改め野草もそのまま。多様な草たちが相互に支えあうというのです。
シェアハウスでの畑にぴったり。入居者さんは畑の草取りも水やりも気にせずにいられるものね。
実にこれに関してはもっともっと書きたいことがいっぱい。自然の中に身を置いて生活をしている母を、そして父を、改めて尊敬した。またいつか書こう。
*ってことは、組織にも言えることなのかな?
畑で様々感じたことは、「小さなものの声に耳を傾ける」、「畑もこの自然の中では特異な状況」、「畑って組織と同じで淘汰もするし、消滅も起こる」、「皆と自分を生かすために生じるだれかの苦しさの類をどうしたらいいのだろう」等々。
ティールは、個人と個人を包含し、その包含されたものたちが包含され、、、という形態と理解しています。包含されたものの中で個人が自律的に動くこと。そこではだれでもだれかのいいうなりになっているということではない、意思をもって考え、行動する、、、と理解していましたが。どうやら違うね。「できない」も「やらない」もあるのだろう。でも、そんな状況の人も全体性から考えると存在の意味が大きいのだろう。ただし、個人と個人のレベルでは対話があり、無視されていないということなんだろう。
そのように理解しました。
高齢者シェアハウスのチームに、仕事で係わるチームに、ティール組織の考えは利用できるかと思って参加ましたが、それ以上に大きな自然に学びました。小さな声を聴く、循環ね。大切にし、自然に学ぶことを続けよう。
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